転職サイトで求人を眺めていて、「モデル年収 650万円」という数字に目が止まった経験はありませんか。

いま自分がもらっている額より100万円以上高い。
その瞬間、頭の中で生活が少しだけ変わりはじめます。

はじめまして、峰岸亮介と申します。
住宅設備の代理店で省エネ機器の営業を8年、そのあと設備・エネルギー領域専門のキャリアアドバイザーを6年やってきました。
いまは独立して、この業界の転職情報を書いています。

キャリアアドバイザー時代、私がいちばん多く聞いた後悔の言葉は「求人票に書いてあった金額と違った」でした。
そして厄介なことに、そのほとんどのケースで、企業側は嘘をついていません。
求人票の数字の意味を、読む側と書く側で違うように受け取っていただけなのです。

この記事では、モデル年収という数字がどういう仕組みで成り立っているのかを分解して、求人票のどこを見れば「自分が実際にもらえる額」に近づけるのかをお伝えします。
読み終わるころには、年収欄を今までとは違う目で見られるようになるはずです。

「モデル年収」に、法律上の決まった定義はありません

まず、いちばん大事な前提からお話しします。

求人票に出てくる「モデル年収」「年収例」「想定年収」「理論年収」といった言葉には、法令上の定義がありません。
何を含めて計算するかは、掲載する企業の裁量に委ねられています。

つまり、A社のモデル年収600万円とB社のモデル年収600万円は、中身がまったく違う可能性があるということです。

たとえば同じ600万円でも、次のような差が生まれます。

  • 基本給と諸手当だけを12か月分積み上げた600万円
  • 固定残業代を含んだ月給を12か月分にした600万円
  • 賞与が満額支給された前提を足した600万円
  • インセンティブが好調だった年の実績を含んだ600万円

この4つは、再現できる可能性がまったく違います。
下にいくほど、あなたが実際に受け取れるかどうかが「あなた次第」「会社の業績次第」になっていきます。

さらに混乱を招くのが、公的統計の数字と求人票の数字の定義のズレです。

厚生労働省の賃金構造基本統計調査で使われる「賃金」は、6月分の所定内給与額を指します。
これは時間外勤務手当や深夜勤務手当を差し引いた額であり、当然ながら賞与も含みません。
定義は同調査の主な用語の定義に明記されています。

一方、求人票のモデル年収は残業代も賞与も手当も全部乗せた総額です。
この2つを並べて「統計より高い」「統計より低い」と判断しても、意味のある比較になりません。

モデル年収が実際とズレる、3つの理由

では、具体的にどこでズレが生まれるのか。
私が相談を受けてきた中で、原因の大半はこの3つに集約されます。

理由1:月給に固定残業代が組み込まれている

いわゆる「みなし残業」です。
月給28万円と書かれていても、そのうち6万円が「45時間分の時間外手当」として最初から組み込まれている、というケースがあります。

この場合、45時間残業してようやく提示された月給に届く計算になります。
定時で帰った月も同じ28万円が支払われる点では不利とは限りませんが、少なくとも「基本給28万円の会社」ではありません。

ここで知っておいていただきたいのは、固定残業代の表示にはルールがあるということです。

厚生労働省・都道府県労働局・ハローワークが出している固定残業代の表示に関するリーフレットでは、固定残業代制を採用する場合、募集要項や求人票に次の3点すべてを明示するよう求めています。

  1. 固定残業代を除いた基本給の額
  2. 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
  3. 固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨

これは若者雇用促進法に基づく指針が根拠になっています。

同じリーフレットには、割増賃金をめぐる裁判例も紹介されています。
最高裁第一小法廷の平成24年3月8日判決では、基本給のうち通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分を判別できない場合、その支払いをもって割増賃金が支払われたとはいえない、と判断されています。

「固定残業代を含む」としか書かれておらず、何時間分でいくらなのかが読み取れない求人票は、指針が求める水準に届いていません。
その一点だけでも、応募前に問い合わせる理由になります。

理由2:賞与を「満額出た前提」で積み上げている

モデル年収に賞与が何か月分か織り込まれている場合、その部分は「予定」であって「確定」ではありません。

厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、2025年の年末賞与は、賞与を支給した事業所における労働者一人平均で424,889円(前年比2.8%増、事業所規模5人以上)でした。

注目していただきたいのは、その次の数字です。

同じ調査で、年末賞与を支給した事業所の割合は76.5%でした。
言い換えれば、4分の1弱の事業所は年末賞与を出していないということです。
賞与を支給しなかった事業所も含めた全労働者一人平均でみると、年末賞与は367,529円まで下がります。

支給事業所平均と全事業所平均の間には、約5万7千円の開きがあります。
この差が、賞与という項目の不確実さを表しています。

求人票で確認すべきは、賞与の書き方です。

  • 「賞与年2回(前年度実績◯か月)」なら、少なくとも直近の実績はある
  • 「賞与年2回(業績による)」なら、支給されない年があり得る
  • 賞与の記載そのものがないなら、賞与制度がない可能性を前提に読む

理由3:誰の数字なのかが書かれていない

これがいちばん見落とされます。

モデル年収は、その会社の平均値とは限りません。
社内で高い成果を出している層の数字が掲載されているケースは珍しくありません。

判断材料になるのは、その金額に「経験年数」「年齢」「職種」が添えられているかどうかです。

たとえば、省エネ機器や太陽光発電システムを手がける株式会社エスコシステムズの企業情報ページでは、モデル年収が「年収360万円/経験2年/30代」「年収400万円/経験4年/30代」というかたちで、経験年数と年代とセットで掲載されています。

この書き方であれば、読む側は自分の経験年数と重ねて、入社何年目でどのあたりに着地するのかを具体的に想像できます。

逆に、金額だけがぽつんと大きく書かれていて、誰の数字なのかが一切わからない求人票は、そのまま自分に当てはめないほうが安全です。

求人票の年収欄を読み解く4つの手順

ここからは実践編です。
私が求人票を見るときに必ず踏んでいる手順を、そのままお伝えします。

手順1:下限を「保証される額」として読む

「年収400万円〜700万円」と書かれていたら、まず400万円のほうを見てください。

上限は可能性の話であり、下限が実質的な保証ラインです。
下限の金額で生活が成り立つかどうかを、最初に確認します。
これができるだけで、転職後の落差はかなり防げます。

手順2:月給の内訳を分解する

月給の内訳が書かれている求人票なら、次のように分けて計算します。

確認する項目見るポイント
基本給固定残業代や手当を除いた純粋な額はいくらか
固定残業代何時間分でいくらか。超過分は別途支給と書かれているか
地域手当・住宅手当など転居や配属先の変更でなくなる可能性はないか
インセンティブ成果に連動するのか、支給条件は明記されているか
賞与実績ベースか、業績連動か、記載なしか

内訳が書かれていない場合は、面接の場で確認する項目としてメモしておきます。

手順3:「変更の範囲」の欄を読む

2024年4月から、労働条件明示のルールが変わりました。

厚生労働省の令和6年4月からの労働条件明示のルール変更によると、募集や求人申込みの時点で明示すべき事項に、従事すべき業務の変更の範囲、就業場所の変更の範囲、有期労働契約を更新する場合の基準が追加されています。

ここでいう「変更の範囲」とは、雇入れ直後にとどまらず、将来の配置転換なども含めた労働契約期間中の変更の範囲を指します。

年収の話とは関係なさそうに見えて、実は直結します。
設備・エネルギー業界のように現場配属や広域担当がある職種では、就業場所が変われば地域手当も車両手当も変わるからです。
金額欄だけでなく、この欄も必ず読んでください。

手順4:内定時に労働条件通知書と突き合わせる

これが最後の、そして最も重要な砦です。

求人票は、あくまで募集段階の見込みです。
法的な効力を持つのは、労働基準法第15条に基づいて交付される労働条件通知書のほうです。

同条第2項では、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は即時に労働契約を解除できると定められています(条文はe-Gov法令検索の労働基準法で確認できます)。

内定を受けたら、求人票を印刷して手元に置き、通知書と一行ずつ突き合わせてください。
基本給、固定残業代の時間数、諸手当、賞与、就業場所。
この5項目に食い違いがあれば、承諾の返事をする前に質問します。

聞きにくいと感じる方が多いのですが、条件の確認は選考の減点対象ではありません。
むしろ入社後の認識違いを防ぎたいのは会社側も同じです。

業界水準と突き合わせて「妥当か」を判断する

最後に、提示された金額が業界の中でどのあたりに位置するのかを見る視点をお伝えします。

厚生労働省の令和7年賃金構造基本統計調査によると、産業別の賃金(男女計・年齢計、月額)は次のようになっています。

産業賃金(月額)
電気・ガス・熱供給・水道業444.0千円
建設業366.3千円
製造業330.0千円
全産業計340.6千円

電気・ガス・熱供給・水道業は、全産業の中で最も高い水準です。
賞与についても、先ほどの毎月勤労統計調査の2025年年末賞与では、電気・ガス業が941,438円、支給月数1.86か月分と突出しています。

設備・エネルギー業界を志望する方にとっては心強い数字ですが、注意も必要です。
業界水準が高いぶん、個社のモデル年収が高く見えても、それが業界平均並みなのか本当に抜きん出ているのかを見極めにくいということでもあります。

もうひとつ押さえておきたいのが、企業規模による差です。

同じ調査では、企業規模別の賃金は大企業385.1千円、中企業326.2千円、小企業305.6千円となっています。
小企業は大企業の79.4%の水準です。

そして国税庁の令和6年分民間給与実態統計調査では、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は478万円、正社員に限ると545万円でした。

これらはあくまで物差しですが、目の前の求人票のモデル年収が、業界水準からも企業規模からも大きく上振れしているなら、その差額がどこから出ているのかを確認する価値があります。
残業代なのか、インセンティブなのか、賞与なのか。
そこがわかれば、その金額を自分が再現できるかどうかも判断できます。

それでも条件が違ったときに使える制度と窓口

慎重に確認しても、入社後に食い違いが判明することはあります。
そのときのために、相談先を知っておいてください。

厚生労働省が公表しているハローワークの求人票と実際が異なる旨の申出等によると、令和6年度の申出等の件数は全国で3,297件でした。
内容別に見ると最も多いのが「賃金に関すること」で929件、全体の20.2%を占めています。

なお、この数字はハローワーク経由の求人に限ったもので、民間の転職サイト経由の件数は含まれていません。

主な相談窓口は次のとおりです。

  • ハローワーク求人ホットライン(03-6858-8609)。ハローワーク経由の求人内容と実際が異なる場合の申出先です
  • 総合労働相談コーナー。都道府県労働局や労働基準監督署内などに設置され、労働問題全般の相談を受け付けています
  • 労働基準監督署。労働条件明示義務違反など、労働基準法違反にあたる可能性がある場合の相談先です

窓口の詳細は厚生労働省の総合労働相談コーナーのご案内にまとまっています。

言いにくいから、辞めたばかりだから、と黙ってしまう方が本当に多いのですが、相談すること自体は誰の不利益にもなりません。

まとめ

モデル年収は、嘘の数字ではありません。
ただ、定義が決まっていないぶん、読む側が中身を確かめないと意味を持たない数字です。

この記事でお伝えしたことを、最後にもう一度整理します。

  • モデル年収に法令上の定義はなく、何を含むかは企業ごとに違う
  • 固定残業代は、基本給・時間数と金額・超過分の追加支給の3点が明示されているかを見る
  • 賞与は「実績◯か月」か「業績による」かで確実性がまったく違う
  • 金額に経験年数や年代が添えられているかどうかが、その数字の信頼度を測る手がかりになる
  • レンジ表記は下限を保証ラインとして読み、上限は可能性として扱う
  • 法的な効力を持つのは求人票ではなく労働条件通知書。内定時に必ず突き合わせる

転職は、条件の良し悪しだけで決まるものではありません。
それでも、生活を支える数字の部分だけは、感覚ではなく事実で確かめてほしいと思っています。

金額の大きさではなく、内訳の透明さで会社を見る。
その視点を持てた方は、転職で大きく外すことがありません。

あなたの次の一歩が、納得のいくものになりますように。

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